![]() | ユー・ガット・メール 特別版 メグ・ライアン (2006/06/02) ワーナー・ホーム・ビデオ この商品の詳細を見る |
みなさん、「この映画で英語を究める!」へようこそ。発行人の講師Kです。このブログは、映画を楽しみながら英語を面白く学習してゆくのを狙いとしています。映画は語学学習をするものにとり「言語の泉」です。日本人英語学習者にとり、見逃したくない映画は数え切れないほどあります。
筆者は、はじめから「英語落ちこぼれ」だったのですが、映画に救われました。英語は自分とは「縁もゆかりもないもの」として一生にかかわることのなく終わってしまっていたかも知れません。映画がそんな自分を変えてくれたのです。
いまや英語と自分は一体化しています。映画から英語を学ぶこと自体は目新しいことではありませんが、映画を源泉としてトコトン英語学習のナビゲーターになりうる学習方法や書籍はあまり目のふれるところにはありません。そこで、「映画を見て英語を感じる」手習いから「面白おかしく映画を見て英語と一体化する」英語空間を作ってみよう、なのです。先生たちはみんな言語に熟達した映画スターばかり。シナリオは練りに練って書かれた「この一言がいいたかった!」の集積、リズム感覚は監督が取り仕切っているので、こんなに使える英語を放っておくのは他にないのです!必ず
名セリフがあなたのものになるのです!
このブログは単なる映画解説には終わりません。毎週学習のツールとなるポイントを盛り込みますので、それを参考に自分なりの英語空間を築けるように工夫してゆきます。
字幕では現れない「英語のリアリティ」も学習ツールのひとつになります。この字幕はいったいどんな英語をもとにしているのか?は、見るものの探究心をくすぐります。
シナリオの読み方は、工夫ひとつで「英文法力」の向上につながり、「英作文の模範」となり、そしてシナリオ読書自体が「英文読解力」への位置づけとなります。
映画スターが「役」になり切るために、セリフを際限なく繰り返す練習は、即日本人学習者に足りない「繰り返しリピートする」練習に直結します。映画のキャラクターが「ひどいこと」を言いますが、主人公はなにも反論することができないでいます。あなたなら何と言い返してやりますか?これは「いざというときの表現」に役立てられますね。
映画は見なくても「聞くこと」ができます。ナガラで英語を聞き続ける、という環境がリスニング力・アップに不可欠なのは言うまでもありません。耳にすんなり飛び込んでくる英語があったら、意味がわかってもわからなくても、「耳のボキャブラリー」ができた瞬間です!
ひとたび映画の虜になれば、もう離れられません。いつも横にいてくれて自分の英語をアシストしてくれるのです。自分の傍らに「映画」がいないと寂しくなります。心情的に「英語は映画でやってみようかな?」となれば、すでに英語をマスターする道を歩みはじめているのです。登り下りの坂道はあるでしょうが、それは映画のリズムそのものなのです。さあ、そろそろ本番のアクション時間です。
この映画で英語を究める!! Episode 1 「ユー・ガット・メール」
■SCENE 1:ストーリー■
お互いのメールのやりとりが心の癒しになっているNY152(トム・ハンクス)とShopgirl(メグ・ライアン)は、実のところ超大型書店社長ジョーと小売書店の店主キャスリーンというビジネス上の敵同士。そんな2人の間に恋心が芽生え、キャスリーンは「会いたい」というNY152の誘いを受ける。赤いばらを目印にやってきた男性は…!
表と裏の顔、といえば二重人格的なとらえ方に終わりがちなところを、無理なく日常レベルに昇格させた秀逸作品です。日本では大ヒットしました。
人気の秘密はキャスティングや新しいストーリー展開に起因すると思われますが、シナリオの軽妙さと「音」のトリートメントが見る者に親近感をもたせてくれるツールになっていると思います。
■SCENE 2:この映画から「学びたい英文法」■
映画の終わり近くに「仮定法」が集結します。その行列に思わず驚いてしまいますが、ここがチャンスです。文法書は仮定法を「非現実的な事柄を仮定する」と説明していますが、ネイティブ・スピーカーたちは「切実な願望」を表現するツールであると認識しています。だから、映画の最後に「こうあってほしい」とメッセージを流すのです。ではどんな仮定法が出ているか、覗いてみましょう。
Joe :If I hadn't been Fox Books and you hadn't been The Shop
Around the Corner, and you and I had just met...,
I would have asked you for your number.
この英文に見られる hadn't been とwould have asked は仮定法における「目印」になります。接続詞である if と過去完了形 had (not) + p.p. のミックスは、「あの時ああであったら(なかったら)」を示し、I would (not) have + p.p.は「おそらくこうなっていただろう(いなかっただろう)」を示します。だからこの英文は「あの時、僕がFoxbooksのオーナーでなく、君が自分の店を経営していなかったら…ぼくは君に電話番号を聞き出していたよ」となります。このように日本語でも同じ「あり得なかったことが実現していたらよかったんだが」感を出すことができます。
日本人学習者はこのように「書かれた英語」に関してはまだ免疫があるのですが、「耳の英語」になると途端に抵抗力を失います。どうしても
I would have asked you...
を
I would ask you...
と混同してしまうのです。would have asked がむずかしいのです。実際トム・ハンクスの話し方は速いので I would've asked you...に聞こえます。「ウッドハブ・アスクトゥ・ユー」と期待していたら、「ウダァ・ブアスクティユー」に近い音なのです。音のメカニズムは、[would have][asked you] という切り方ではなく、[would ha][ve asked you] と切られたように聞こえるから、理解できず、同じように再生もできないでいるのです。この「ウダァ・ブアスクティユー」を何十回も口にしてしまい、今のうちにマスターしてしまいましょう!ポイントは
ウダァ ブアスクティユー
英語の表記だと、
WoulD Ha Ve ASKed You
さあ、くり返し練習しましょう!目標は100回です!!
■SCENE 3:今週の「覚えたい英語表現!」■
同じラストに近いシーンでのやりとり。
Joe :The only fight we'd ever have would be which video to rent on a Saturday night.
Kathleen :Who fights about that?
Joe :Some people. Not us.
Kathleen :We would never.
Joe :If only...
このセリフもほとんどすべて仮定法が染め上げています。覚えたい表現は最後の "If only" という文句です。これは
If only we would fight about that on a Saturday night.
が省略された表現なのです。「そうであってくれれば・・・」と切実に願っているのです。
■SCENE 4:今週の「ちょっと不満、字幕スーパー」■
字幕翻訳という仕事は大変なものだと思います。まともに訳せばちゃんと書けるところを字数制限のせいで制約を受けるのです。なので字幕をたよりに映画を楽しむ場合、字幕に出ない部分はスッポリと抜け落ち、俳優の話すメッセージは幾分未消化に終わってしまうのは仕方がありません。
それでも映画が楽しめるのは字幕翻訳者のおかげなのです。ただ、英語学習の面からゆくと、多少物足りなさを感じ得ますので、このコーナーはその学習のために字幕の素材を扱うことにします。決して字幕翻訳の批判ではないことをご理解願います。
筆者が気になったのはこの "If only" のDVD版の字幕が「残念だ」になっていたところです。「残念だ」とは、「ビデオを一緒に選びたくてもそれができないから残念だ」と語っているような印象を与えてしまいます。トム・ハンクスの顔を見てもわかるとおり、やや紅潮しながら語っているので、これは「愛の告白」そのものになっているのです!その証拠に、メグ・ライアンも「モジモジ」する様をリアクションとしてカメラはとらえています。目つきがそれまでとまったく違うのです!これは字幕を見ていると、つい見逃してしまう演技のつなぎどころの妙味なのですが、ぜひともこのシーンは見ていただきたいものです。
で、肝心の字幕は?筆者は字幕翻訳を仕事としてやったことがありませんから、拙訳しか出せませんが、やってみましょう。「この映画から学びたい英文法」のシーンに「ずっとこれから一緒に…」と半ば求婚するセリフがあります。キャスリーンはジョーが結婚したいことを知っていますので、「結婚してくれ」とは直接言わなくてもいいことになります。"If only." のあとに省略された英語が続きますから、さしずめ
「(僕の申し出を)どうか考えてほしい」
としてみたいのですが、いかがでしょうか?
![]() | ユー・ガット・メール 特別版 メグ・ライアン (2006/06/02) ワーナー・ホーム・ビデオ この商品の詳細を見る |
みなさん、はじめまして。ブログ館「この映画で英語を究める!!」の発行者、講師Kです。まずはご挨拶として、このブログの主旨を簡単に説明させてください。
「この映画で英語を究める!!」は、大きくわけて二つの狙いがあります。ひとつは、映画を通じて英語を「心にしみわたるように学ぶ」ことです。英語学習には様々な教材や方法がありますが、このブログ館では「いかに映画が語学学習に理想的で、効果が甚大であるか」を説きつつ、英語を身につけてゆく時空体験の場を提供したいと思います。英語の「ハードウェア」を構築すると言ってもいいでしょう。もうひとつの狙いは、「自分力」という「ソフトウェア」の発展、向上です。映画はたんなる「娯楽媒体」に終わるものではありません。映画作家の描く世界は人間の生活そのものです。その世界には星屑のごとく自分を磨く何かがちりばめられているのです。その世界を散策して、みなさんに語りかけてくる言葉を思い思いにすくい取ればよいのです。
筆者は「映画と英語に救われた」人間です。救われたといっても、映画
界に仕事をもっているわけではないし、英語を快刀乱麻のようにさばき、世界
をまたにかけビジネスを展開しているわけでもありません。ただ、映画と英語
がこの「私」という自分の「個」の存在をはっきりさせてくれた、ただそれだ
けなのです。
映画は幼少のころからテレビで見ていました。当然、日本語のアフレコ
が入っていましたが、それでも外国の雰囲気を楽しんでは夢見るような毎日を
過ごしていました。そして「現実」がやってくるのです。「創作」の世界に浸
りきっていた筆者は、現実とのズレに戸惑い、自分を見失い続けていました。
中学の頃は級友と真剣に「100万円貯めてハリウッドに行こう!」と進学のことなどまったくアタマになかった有様でした。
英語との出会いは映画とは異なり感動のないものでした。が、級友と映
画館へスピルバーグ監督の「ジョーズ」を見た時、はじめて映画と英語の邂逅
を目の当たりにすることになりました。二人は感動し、そして「ハリウッド行
き」を誓ったのです。
あまりにも浮世離れしていたので、進学にはてこずり、高校2年のとき
には「留学」を決意していました。すべて映画と英語の影響です。親は大反対
しました。散々常識的なことを説かれ、筆者の気持も揺らいだのですが、映画
と英語がさらに決意を固くさせたのです。
結局アメリカに行ったのは筆者ひとりで、級友はうまく現実に身をゆだ
ねたのです。どこか悲壮感を引きずりながらハリウッドではなくボストンへ旅
立ちました。そして6年の歳月が過ぎたのです。その6年間は別のブログを立ち
上げなければならないほど満ち足りたものでした。その一部はこのブログ館で
も紹介したいと思います。この成功も映画と英語のおかげなのです。
帰国後、ある英語学校に就職し、以来19年間英語を教え続けています。
留学生活がそうさせたのか、初TOEICの結果が945点だったので、それなりに
納得したのですが、どこか空しい。TOEIC900点以上でも、「映画が本当にわ
かるとは言えない。いや、わからないところだらけかも知れない!」と再び
原点にもどったのです。そしてわかったのです、映画が英語と出会い、それが
なにをもたらしてくれたかを。陳腐な表現で恐縮ですが、「自分はどうやって
生きていけばいいのか」がわかったのです。
幼い頃から、現実社会がわからないことだらけであったボンヤリとして
いた自分のアタマがようやくはっきりしてきたのです。自分は映画と英語が好
きになって、とにかくずっとやり続けてきた、という自覚はあるものの、「な
ぜ?」にはなかなか答えることはできませんでした。英語を生徒に教えはじめ
て霞がかかっていた映画と英語の「謎の関係」がはっきりしたのです。それは
「感動をもって伝えるもの。芸術」
ということです。
「この映画で英語を究める!!」では、芸術的体験をしていただきたい空間なのです。
末永く発信してゆきたいと思います。
「この映画で英語を究める!!」は、大きくわけて二つの狙いがあります。ひとつは、映画を通じて英語を「心にしみわたるように学ぶ」ことです。英語学習には様々な教材や方法がありますが、このブログ館では「いかに映画が語学学習に理想的で、効果が甚大であるか」を説きつつ、英語を身につけてゆく時空体験の場を提供したいと思います。英語の「ハードウェア」を構築すると言ってもいいでしょう。もうひとつの狙いは、「自分力」という「ソフトウェア」の発展、向上です。映画はたんなる「娯楽媒体」に終わるものではありません。映画作家の描く世界は人間の生活そのものです。その世界には星屑のごとく自分を磨く何かがちりばめられているのです。その世界を散策して、みなさんに語りかけてくる言葉を思い思いにすくい取ればよいのです。
筆者は「映画と英語に救われた」人間です。救われたといっても、映画
界に仕事をもっているわけではないし、英語を快刀乱麻のようにさばき、世界
をまたにかけビジネスを展開しているわけでもありません。ただ、映画と英語
がこの「私」という自分の「個」の存在をはっきりさせてくれた、ただそれだ
けなのです。
映画は幼少のころからテレビで見ていました。当然、日本語のアフレコ
が入っていましたが、それでも外国の雰囲気を楽しんでは夢見るような毎日を
過ごしていました。そして「現実」がやってくるのです。「創作」の世界に浸
りきっていた筆者は、現実とのズレに戸惑い、自分を見失い続けていました。
中学の頃は級友と真剣に「100万円貯めてハリウッドに行こう!」と進学のことなどまったくアタマになかった有様でした。
英語との出会いは映画とは異なり感動のないものでした。が、級友と映
画館へスピルバーグ監督の「ジョーズ」を見た時、はじめて映画と英語の邂逅
を目の当たりにすることになりました。二人は感動し、そして「ハリウッド行
き」を誓ったのです。
あまりにも浮世離れしていたので、進学にはてこずり、高校2年のとき
には「留学」を決意していました。すべて映画と英語の影響です。親は大反対
しました。散々常識的なことを説かれ、筆者の気持も揺らいだのですが、映画
と英語がさらに決意を固くさせたのです。
結局アメリカに行ったのは筆者ひとりで、級友はうまく現実に身をゆだ
ねたのです。どこか悲壮感を引きずりながらハリウッドではなくボストンへ旅
立ちました。そして6年の歳月が過ぎたのです。その6年間は別のブログを立ち
上げなければならないほど満ち足りたものでした。その一部はこのブログ館で
も紹介したいと思います。この成功も映画と英語のおかげなのです。
帰国後、ある英語学校に就職し、以来19年間英語を教え続けています。
留学生活がそうさせたのか、初TOEICの結果が945点だったので、それなりに
納得したのですが、どこか空しい。TOEIC900点以上でも、「映画が本当にわ
かるとは言えない。いや、わからないところだらけかも知れない!」と再び
原点にもどったのです。そしてわかったのです、映画が英語と出会い、それが
なにをもたらしてくれたかを。陳腐な表現で恐縮ですが、「自分はどうやって
生きていけばいいのか」がわかったのです。
幼い頃から、現実社会がわからないことだらけであったボンヤリとして
いた自分のアタマがようやくはっきりしてきたのです。自分は映画と英語が好
きになって、とにかくずっとやり続けてきた、という自覚はあるものの、「な
ぜ?」にはなかなか答えることはできませんでした。英語を生徒に教えはじめ
て霞がかかっていた映画と英語の「謎の関係」がはっきりしたのです。それは
「感動をもって伝えるもの。芸術」
ということです。
「この映画で英語を究める!!」では、芸術的体験をしていただきたい空間なのです。
末永く発信してゆきたいと思います。
| ホーム |




