みなさん、はじめまして。ブログ館「この映画で英語を究める!!」の発行者、講師Kです。まずはご挨拶として、このブログの主旨を簡単に説明させてください。
「この映画で英語を究める!!」は、大きくわけて二つの狙いがあります。ひとつは、映画を通じて英語を「心にしみわたるように学ぶ」ことです。英語学習には様々な教材や方法がありますが、このブログ館では「いかに映画が語学学習に理想的で、効果が甚大であるか」を説きつつ、英語を身につけてゆく時空体験の場を提供したいと思います。英語の「ハードウェア」を構築すると言ってもいいでしょう。もうひとつの狙いは、「自分力」という「ソフトウェア」の発展、向上です。映画はたんなる「娯楽媒体」に終わるものではありません。映画作家の描く世界は人間の生活そのものです。その世界には星屑のごとく自分を磨く何かがちりばめられているのです。その世界を散策して、みなさんに語りかけてくる言葉を思い思いにすくい取ればよいのです。
筆者は「映画と英語に救われた」人間です。救われたといっても、映画
界に仕事をもっているわけではないし、英語を快刀乱麻のようにさばき、世界
をまたにかけビジネスを展開しているわけでもありません。ただ、映画と英語
がこの「私」という自分の「個」の存在をはっきりさせてくれた、ただそれだ
けなのです。
映画は幼少のころからテレビで見ていました。当然、日本語のアフレコ
が入っていましたが、それでも外国の雰囲気を楽しんでは夢見るような毎日を
過ごしていました。そして「現実」がやってくるのです。「創作」の世界に浸
りきっていた筆者は、現実とのズレに戸惑い、自分を見失い続けていました。
中学の頃は級友と真剣に「100万円貯めてハリウッドに行こう!」と進学のことなどまったくアタマになかった有様でした。
英語との出会いは映画とは異なり感動のないものでした。が、級友と映
画館へスピルバーグ監督の「ジョーズ」を見た時、はじめて映画と英語の邂逅
を目の当たりにすることになりました。二人は感動し、そして「ハリウッド行
き」を誓ったのです。
あまりにも浮世離れしていたので、進学にはてこずり、高校2年のとき
には「留学」を決意していました。すべて映画と英語の影響です。親は大反対
しました。散々常識的なことを説かれ、筆者の気持も揺らいだのですが、映画
と英語がさらに決意を固くさせたのです。
結局アメリカに行ったのは筆者ひとりで、級友はうまく現実に身をゆだ
ねたのです。どこか悲壮感を引きずりながらハリウッドではなくボストンへ旅
立ちました。そして6年の歳月が過ぎたのです。その6年間は別のブログを立ち
上げなければならないほど満ち足りたものでした。その一部はこのブログ館で
も紹介したいと思います。この成功も映画と英語のおかげなのです。
帰国後、ある英語学校に就職し、以来19年間英語を教え続けています。
留学生活がそうさせたのか、初TOEICの結果が945点だったので、それなりに
納得したのですが、どこか空しい。TOEIC900点以上でも、「映画が本当にわ
かるとは言えない。いや、わからないところだらけかも知れない!」と再び
原点にもどったのです。そしてわかったのです、映画が英語と出会い、それが
なにをもたらしてくれたかを。陳腐な表現で恐縮ですが、「自分はどうやって
生きていけばいいのか」がわかったのです。
幼い頃から、現実社会がわからないことだらけであったボンヤリとして
いた自分のアタマがようやくはっきりしてきたのです。自分は映画と英語が好
きになって、とにかくずっとやり続けてきた、という自覚はあるものの、「な
ぜ?」にはなかなか答えることはできませんでした。英語を生徒に教えはじめ
て霞がかかっていた映画と英語の「謎の関係」がはっきりしたのです。それは
「感動をもって伝えるもの。芸術」
ということです。
「この映画で英語を究める!!」では、芸術的体験をしていただきたい空間なのです。
末永く発信してゆきたいと思います。
「この映画で英語を究める!!」は、大きくわけて二つの狙いがあります。ひとつは、映画を通じて英語を「心にしみわたるように学ぶ」ことです。英語学習には様々な教材や方法がありますが、このブログ館では「いかに映画が語学学習に理想的で、効果が甚大であるか」を説きつつ、英語を身につけてゆく時空体験の場を提供したいと思います。英語の「ハードウェア」を構築すると言ってもいいでしょう。もうひとつの狙いは、「自分力」という「ソフトウェア」の発展、向上です。映画はたんなる「娯楽媒体」に終わるものではありません。映画作家の描く世界は人間の生活そのものです。その世界には星屑のごとく自分を磨く何かがちりばめられているのです。その世界を散策して、みなさんに語りかけてくる言葉を思い思いにすくい取ればよいのです。
筆者は「映画と英語に救われた」人間です。救われたといっても、映画
界に仕事をもっているわけではないし、英語を快刀乱麻のようにさばき、世界
をまたにかけビジネスを展開しているわけでもありません。ただ、映画と英語
がこの「私」という自分の「個」の存在をはっきりさせてくれた、ただそれだ
けなのです。
映画は幼少のころからテレビで見ていました。当然、日本語のアフレコ
が入っていましたが、それでも外国の雰囲気を楽しんでは夢見るような毎日を
過ごしていました。そして「現実」がやってくるのです。「創作」の世界に浸
りきっていた筆者は、現実とのズレに戸惑い、自分を見失い続けていました。
中学の頃は級友と真剣に「100万円貯めてハリウッドに行こう!」と進学のことなどまったくアタマになかった有様でした。
英語との出会いは映画とは異なり感動のないものでした。が、級友と映
画館へスピルバーグ監督の「ジョーズ」を見た時、はじめて映画と英語の邂逅
を目の当たりにすることになりました。二人は感動し、そして「ハリウッド行
き」を誓ったのです。
あまりにも浮世離れしていたので、進学にはてこずり、高校2年のとき
には「留学」を決意していました。すべて映画と英語の影響です。親は大反対
しました。散々常識的なことを説かれ、筆者の気持も揺らいだのですが、映画
と英語がさらに決意を固くさせたのです。
結局アメリカに行ったのは筆者ひとりで、級友はうまく現実に身をゆだ
ねたのです。どこか悲壮感を引きずりながらハリウッドではなくボストンへ旅
立ちました。そして6年の歳月が過ぎたのです。その6年間は別のブログを立ち
上げなければならないほど満ち足りたものでした。その一部はこのブログ館で
も紹介したいと思います。この成功も映画と英語のおかげなのです。
帰国後、ある英語学校に就職し、以来19年間英語を教え続けています。
留学生活がそうさせたのか、初TOEICの結果が945点だったので、それなりに
納得したのですが、どこか空しい。TOEIC900点以上でも、「映画が本当にわ
かるとは言えない。いや、わからないところだらけかも知れない!」と再び
原点にもどったのです。そしてわかったのです、映画が英語と出会い、それが
なにをもたらしてくれたかを。陳腐な表現で恐縮ですが、「自分はどうやって
生きていけばいいのか」がわかったのです。
幼い頃から、現実社会がわからないことだらけであったボンヤリとして
いた自分のアタマがようやくはっきりしてきたのです。自分は映画と英語が好
きになって、とにかくずっとやり続けてきた、という自覚はあるものの、「な
ぜ?」にはなかなか答えることはできませんでした。英語を生徒に教えはじめ
て霞がかかっていた映画と英語の「謎の関係」がはっきりしたのです。それは
「感動をもって伝えるもの。芸術」
ということです。
「この映画で英語を究める!!」では、芸術的体験をしていただきたい空間なのです。
末永く発信してゆきたいと思います。
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