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別名映画狂士郎、英語愛憎。映画と英語が自分を救ってくれました。みなさんとこの素晴らしい世界をシェアしたいと思います。



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アル・カポネをより一層有名にさせた映画



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ケビン・コスナーショーン・コネリー

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 映画にも数多くとりあげられた闇黒街の顔役アル・カポネ
   
   
   
   THE UNTOUCHABLES   
   
   アンタッチャブル
   




監督:ブライアン・デ・パルマ
製作:アート・リンソン
脚本:デヴィッド・マメット
撮影:スティーヴン・H・ブラム
音楽:エンニオ・モリコーネ

出演:ケビン・コスナー
    ショーン・コネリー
    チャールズ・マーティン・スミス
    アンディ・ガルシア
    ロバート・デ・ニーロ
    ビリー・ドラゴ
    パトリシア・クラークソン




■解 説■

   1930年代のシカゴ、禁酒法時代に暗躍した大物マフィアのひとり、そして全アメリカの「民衆の敵」と名指されたアル・カポネとそのカポネを追う四人の男たち、「アンタッチャブル」の大ドラマです。1959年にテレビドラマ化されたこの物語はそれからほぼ30年たって鬼才ブライアン・デ・パルマ監督の手により映画化が実現しました。
   
   この物語は史実をもとに映画化されていますが、映画の脚色は事実とはことなり、演出の効果を最優先した一級娯楽映画になっています。とにかくスタッフとキャストの顔ぶれが充実しており、結集した才能があふれ出ています。
   
   ケビン・コスナーはこの映画で「ゲーリー・クーパーの再来」とまで激賞され、そのみずみずしさは言葉では表現しにくいほど素晴らしい。カポネを追うエリオット・ネス(コスナー)を助ける老警官マローンにショーン・コネリーが扮し、アイルランド系移民よろしく独特のアクセントで存在感を出しています。カポネには体重を増やし額の上の髪の毛を剃りあげたロバート・デニ―ロが飄々と演じています。そして映画出演二作目のアンディ・ガルシアを一躍有名にしました。
   
   アクション・シーンはデ・パルマ監督ならではのテンポとビートで、見るものを飽きさせない演出工夫が凝らされています。そしてそのリズムに痛快に乗る音楽のエンニオ・モリコーネは、あの懐かしいマカロニ・ウエスタンの名映画音楽をいくつも作り上げた手腕をさらに進化させ、60年代の映画ファンの耳をくすぐっています。
   
   この映画の見どころは随所にあり、とてもここで語りきれるものではありません。とくにデ・パルマ監督の緩急の効いた演出リズムは「映画の醍醐味」を味わえる手本のような出来栄えです。
   
   個人的に印象的だったのは、ネスがアル・カポネ逮捕のため、マローン、ジョージ(ガルシア)、オスカー(マーティン・スミス)の三人を仲間に入れるエピソードが、黒澤明監督の「七人の侍」の「侍探し」にちょっと似ていたところがあって面白いと思いました。そしてそのうち二人が壮絶な死を遂げるというところもよく似ています。
   
   

■史 実■

   もうアル・カポネを題材にした映画は何本つくられたことでしょうか。この映画のあと、15年たって「ロード・トゥ・パーディション」が作られましたが、カポネこそ画面には映らなくとも、同じ時代のマフィアを主題にしています。もっとも古いカポネの映画は「犯罪王リコ(1930)」で、実際にカポネがシカゴの暗黒街を牛耳っていた同時期に作られています。その二年後「暗黒街の顔役」でよりカポネの存在をアピールした映画が出来上がり、カポネ自身はすでに伝説的存在にまでなったのです。
   
   とくに「暗黒街の顔役」のオリジナル・タイトルは "Scar Face" であり、これはアル・カポネのニックネームでもあったのです。彼の頬にはまるで任侠渡世人のような切り傷がありました。のち、デ・パルマ監督はアル・パチーノ主演の「スカーフェイス」を作りますが、この「暗黒街の顔役」が先駆になっています。
   
   アル・カポネはシカゴのギャングとしてつとに有名でしたが、彼はナポリ出身の両親がアメリカに移住したあとニューヨークで生まれました。生まれも育ちもブルックリンなのです。その後、「ボスの中のボス」と呼ばれたチャーリー・ラッキー・ルチアーノと出会うことになります。アル・カポネは全米の「暗黒街最高権力者」のようなイメージがついて回りますが、実際はこのルチアーノの後輩のような立場にあったのです。シカゴへ旅立つとき、ルチアーノが二万ドルの餞別を与えたら、感激して泣きそうなくらいであったと言われています。
   
   
   
■この映画の英語■

   アイルランド系、イタリア系など、さまざまなアクセントがこの映画では飛び交っています。「移民」という歴史を感じさせる英語のリアリティが現実感を与えてくれるので、字幕には出てこない雰囲気をこの映画で楽しむことができます。イタリア系の移民は19世紀終わりごろが最盛期で、アイルランド人よりは遅くヨーロッパを後にしています。そのため、新天地のアメリカではイギリス人と同じ英語を話すアイルランド系の移民の方が「先輩」で、イタリア語が母語であるイタリア人は「新参者」だったのです。

   民族的な違いのみならず、たんに「早い」「遅い」の違いで差別待遇を受けてしまうこの厳しい時代に、同じ仲間同士が団結し、わが身を守ろうとすることは必然でした。ブルックリンではカポネらイタリア派は、先にやってきたアイルランド系と常に一発触発の状態であったと言われています。なので仲間同士で話す言語は自ずと自衛的な側面を覗かせ、つまり、敵対しているものにとっては「威嚇」的な響きになって届くのです。英語とは直接関係ありませんが、このような「自警青年団」のようなグループにとって、強さを示すシンボルが絶対不可欠であり、カポネたちはよく「睨み」の練習をしたと言われています。睨んで敵対する相手を怯ませるのです。

   カポネ役のロバート・デ・ニーロはニューヨークはブロンクスの出身で、ブルックリンと同じ地域的特徴があり、イタリア人が多く住んでいた所でした。デ・ニーロが演出した「ブロンクス物語」は、その頃の風景を忠実に描いているようです。自警団のような青年たちが路上にたむろし、「よそ者」たちから自分たちのシマを守ろうと目を光らせているのです。話し方に「ドス」を「睨み」を効かせるのが必須なのです。

   ケビン・コスナーやチャールズ・マーティン・スミスの役柄は、もう代々アメリカに住み着いている古い入植者の子孫という感じが溢れています。これは単に様相や名前から判断するというよりも、どのような社会的地位についているかという問題と、以外にも「英語」で大体のことがわかってしまうのです。

   1776年の独立戦争から百年以上たった移民の時代の英語はもうアメリカの市民権を得たと考えられますから、本家イギリスやアイルランド、スコットランドとはかなり異なる音になっていたことでしょう。そこへ生々しくアイルランド発音が入ってくれば目立つのも当然です。それがイタリア訛りであったり、ロシア、ポーランド訛りであったとしたら(ユダヤ系の人が多い)、かなり浮いた存在に映り、「新参者」のレッテルを貼られるのです。

   英語ひとつとってみても、その人の「査定」に心理が動いたりするので、非常に緊張を強いられてしまいます。アル・カポネはアメリカ生まれのアメリカ育ちであることを誇りに思っていたそうですが、それは両親がイタリアの移民であり、被差別者であったこととは無縁ではなさそうです。戦前戦中戦後を通じ、アメリカ在住の日系人はアジア人ということもあり市民権は得られませんでした。日系人もアメリカ人であることを証明するためにドイツ戦線へ志願するなど、多くの血と涙が流されたことは広く知られていますが、「英語」を正確に理解し、話すということが日常レベルで「重大事項」であったのです。

   

■字幕、これでいいのかな?■

   そして字幕。今回は暗喩表現が消えてしまった例をだしてみましょう。


   エリオット・ネスの妻キャサリン(パトリシア・クラークソン)は、シカゴに暗躍するギャングの巣窟を一掃しようとする夫の働きぶりを尊厳の目で見守ります。四六時中頭がアル・カポネのことでいっぱいなのですが、家族を顧みる暇のないエリオットを妻キャサリンは責めません。「一日中働きずくめでまだ力がのこっているの?」と聞くキャサリンにエリオットは「仕事だから仕方がないよ」と答えます。すると、いたずらっぽく笑みを浮かべ、優しくささやくのです。


   "Well, why don't you come up and brush my hair? You detective."


これは「求愛のささやき」であり、映画言語が今のように自由ではない時代に作られた映画でよく耳にする「誘い」の例です。控え目でありながらメッセージは如実に語られているのです。しかも、You detective の一言がまるで容疑者が色仕掛で迫るようなトーンをいくらか感じ取れるものなので、なかなか巧妙な台詞です。しかし、この部分の字幕が、


   「私の髪をブラッシングして、刑事さん」


とまったくそのままの訳だったのです。訳者はその暗喩法をそのまま日本語で生かしたのかもしれませんが、カタカナの「ブラッシング」にはヘアードレスのイメージが強いので、英語のセンシュアルな部分が消えてしまっています。それか come up という具体的な誘いのメッセージも生かされていません。この動詞句は「私の部屋へきて」という意味も感じ取れるのです。

   この時代の風情をかもし出すため、直截的な表現は避けられたからこそ、かえってメッセージが脈打つわけですが、これを字幕にするのはかなり手強い。直訳ではどうにもならないようです。日本語には「可愛がる」という言葉にかなり性的なメッセージが入り込むことがあります。髪をブラシで梳くという行為は、どこか手で優しく髪を梳いてあげる「可愛がり」が感じられますが、まさか、
   
   「部屋に来て私を可愛がって」
   
なんていう字幕がでたら、観客もビックリ仰天してしまうことでしょう。やはり髪に関して絡めなければ面白くない。さあ、これをお読みのみなさまはどのような台詞がいいと思われるでしょうか。

                                                         了



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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画


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